デス・オーバチュア
第40話「死の気流」



よくある話だ。
生まれてはいけない子供が産まれるのも、産まれたばかりの子供が捨てられるのも。
私は産まれてすぐに、浮遊国家であるクリアから、地上に捨てられた。
捨てられたと言うより、殺されそうになったと言う方が正確かもしれない。
なぜなら、あの高さから地上に捨てられたら、助かる方が不自然だ。
だが、私は助かった、助かってしまった、だから私は今も生きている。



「……父様ですか……そうあなたに呼ばれたのは十年ぶりぐらいですかね」
コクマは口元に微笑を浮かべた。
「…………っ!」
床を蹴る音が響いた瞬間、タナトスとコクマの間合いが一瞬で零になる。
「滅!」
一足で間合いを詰めたタナトスは迷わず漆黒の大鎌をコクマに振り下ろした。
しかし、その一撃はあっさりと水色の剣によって受け止められる。
「この前から何度か出会ってはいますが、まともに会話するのは、二人きりで話すのは久し振りですね。あなたの傍にはいつもあの方がついていましたからね」
「……いまさら、話すことなどない!」
タナトスは再度大鎌を斬りつけるが、コクマは予めタナトスの攻撃を読んだかのように余裕で受け止めてしまった。
「そうですか? では、私の方から話を振りましょう。あなたは今、何のために私と戦っているのですか? クリアのため、水晶柱を取り戻すという任務を果たすためにですか? それとも、私への恨み……私情からですか?」
「…………」
タナトスは答えず、何度も大鎌をコクマに叩きつける。
だが、大鎌の刃は全ては水色の剣に吸い寄せられるように受け止められ、決してコクマの体に届くことはなかった。
「いくらやっても無駄ですよ。普通に斬り合っている限り、偶然でもあなたの刃が私に届くことは絶対にありません」
コクマは汗の一滴も流さず、息を乱すこともなく、余裕に溢れている。
「……偶然……絶対……そうだったな」
タナトスは牽制のように大鎌を振りながら、一度後方に跳び間合いをとった。
「間を置かず、再び一歩で間合いを詰め、大鎌を縦一文字に振り下ろす……」
タナトスがコクマの呟き通りに動く。
当然のように、タナトスの手から大鎌が水色の剣によって弾き飛ばされた。
「くっ!」
大鎌を失ったタナトスは、弾き飛ばされた大鎌を追うように後方に跳躍する。
予めその動きを予測していたかのように、水色の刃がタナトスの首に迫っていた。
「おっと……」
水色の刃はタナトスの首筋に僅かに食い込むとピタリと止まる。
「うっ……」
「危ない危ない、うっかりあなたの首を刎ねてしまうところでした」
「くっ……」
タナトスは痛みではなく、屈辱で顔を歪めた。
もし、コクマが気まぐれで刃を止めなければ自分の首は間違いなく銅から離れていただろう。
そして、そこで全てが終わっていた。
わざと見逃される、手加減される、これ以上の屈辱はない。
自分は本気で目の前のこの男を殺そうとしているのに、男には自分を殺す気もないのだ。
「私は別に剣術の腕はたいしたことはないのですよ。剣士ではなく魔導師ですしね……所詮、王族の嗜み程度と申しましょうか」
コクマはゆっくりと水色の剣をタナトスの首筋から引き戻した。
「ですが……」
コクマは突然、体を横に捻る。
コクマの横、つまり先程までコクマの体があった空間を闇色の剣が通過していった。
「相変わらず、害虫のようなしぶとさですね、兄上」
闇色の剣は主人であるザヴェーラの手にしっかりと握られている。
上半身と下半身に両断されたはずのザヴェーラの体はしっかりと繋がったまま存在していた。
「余は不生不滅の存在……余に二度目の死はない……」
「ふん、ただの『生きた死体』のくせにご大層なことですね」
「余をそこらの不死者と一緒にするな!」
ザヴェーラが闇色の剣を振り下ろすと、黒い光……いや、闇でできた刃がコクマに向かって放たれる。
「そうですね、あなたはリッチ(魔術師の屍)あたりが一番近い存在ですかね?」
闇の刃は、コクマが一睨みしただけで、跡形もなく消滅した。
「リッチだと! あのような骸骨と余を同列に考えるなっ!」
リッチ、古い言葉で「死体」のことをそう呼ぶ。
魔術師の中には、研究を重ねて不老不死の奥義を得る者がいた。
しかし、それは自らをアンデッドモンスター(不死の怪物)にしてしまう術に過ぎない。
寿命を延ばすのではなく、自分の体を生ける屍にしてしまうことで、結果として死んではいるが、自由に永久的に動ける生命を得るのだ。
その肉体は半ばミイラ化しながらも、それ以上朽ちることなく、活動を続けることができるのである。
「ですが、吸血鬼よりは近いと思いますよ。魔術ではなく、闇の神剣の力で骸を動かしているとはいえ……」
コクマは水色の剣を横に振った。
剣先から吹き出した水色の炎がザヴェーラに襲いかかる。
「闇よっ!」
闇色の剣から吐き出された莫大な闇が水色の炎を呑み込み、互いに消滅した。
「神剣の特殊能力を使った戦いだと逆に長引きそうですね。基本的には『九本』の神剣の質は同格ですから」
「だからこそ、余が負けるはずがない! 神剣の所有者同士の戦いは、所有者本人の実力が最後にはものをいうのだっ!」
ザヴェーラは一瞬で間合いを詰めると、闇色の剣を直接斬りつけてくる。
コクマは闇色の剣の連撃を、軌道を全て予め知っていたかのように、余裕で受け流し続けた。
「兄上、私は剣術は得意ではありませんが、あなたより劣るつもりはありませんよ。というより、私があなたに劣っていたものが何か一つでも存在していましたか?」
コクマは嘲笑うような笑みを浮かべる。
「貴様っ! 弟の分際でっ!」
「ああ、そうですね……あなたが私に勝てるのは、ただ単に先に生まれたということだけですね。先に生まれただけで、無能でも王位につけるという馬鹿らしい年功序列の長子継承……」
「余が無能だとっ!?」
闇色の剣が振り下ろされると同時に、大量の闇の刃が超至近距離で撃ちだされた。
放たれたのは格闘の間合い、闇の刃の数は百発以上。
普通なら絶対に回避できるはずがなかった。
だが、コクマは最低限の闇の刃だけを水色の剣で破壊し、残りの闇の刃の間をすり抜けていく。
「なんだとっ!?」
「追尾機能はないんですね。それに一発一発の狙いも甘い。弾幕のように数で埋め尽くせば、回避できないとでも思ったのですか?」
「闇よ、喰ら……」
「遅すぎますよ」
ザヴェーラが新しい闇を撃ちだすよりも速く、水色の剣がザヴェーラを十字に切り裂いた。



タナトスはずっと、機会を、コクマに隙が生まれる瞬間を狙っていた。
青紫のローブの男が何者なのかは知らない。
だが、そんなことは今はどうでも良かった。
二対一は卑怯? 不意をつくのは卑怯?
そんなことも言っていられない。
そう言った拘りは、自分の方が強者、最低でも相手と互角の時にのみ持つべきものだ。
それに、そもそも、あの男相手に『不意打ち』は絶対に成功しない。
タナトスはそのことを誰よりも良く知っていた。
不意……予想外などということはあの男には一切ないのだ。
運命を操る神剣を持つあの男には……。



因果律を読み解き、望む形に編み変えていく……それが真実の炎のもっとも基本にして絶対的な能力だった。
分かり易く言うのなら、運命の先読み。
常に小説の数ページ先を知っているかのように、まだ現在(現実)になっていない未来を、すでに体感した過去のように認識できるのだ。
それが読み解き。
編み変えとは、都合の良い偶然を自らの意志で限りなく100%に近い確率で発生させることだ。
見えない偶然を確かな必然に変える能力。
偶然、必然、因果……すなわち目に見えない運命というものを完全に支配する……それが真実の炎の『力』だった。



四分割されたザヴェーラの肉体が水色の炎で燃えだした。
「真実の炎の水色の炎は肉体ではなく精神を灼き尽くす炎……死体に染みついてるあなたの怨念じみた魂にも少しは効くでしょう。しばらく、大人しく『死んでいて』ください」
ザヴェーラは元から死んでいる。
ここで言う死とは、本来の死体と同じように動かない、動けないということだ。
いずれ蘇るとはいえ、四つに切り裂かれた上に、精神を灼かれ続けている間は、そう簡単には復活はできないだろう。
「さて、待たせましたね、タナトス」
コクマはタナトスに向き直った。
「運命を読んだり、精神にダメージを与えたり、我が神剣ながら真実の炎はとても地味な力しか持たない神剣ですよね。無限の闇を操る闇の聖母や無限の光を撃ちだす光の竈などの破壊力に比べると……」
「…………」
それは違う。
確かに、光や闇を操る神剣の方が一見派手で、強いように見える。
だが、光や闇は避けたり、防ぐのはそれ程難しいことではないが、運命という不透明で不確かな存在を回避したり、防ぐのはとてつもなく難しいことだ。
「で、どうしますか? あなたが戦いたいのなら戦ってあげてもいいのですが……うっかり、あなたを殺してしまいそうで心配なんですよね」
コクマは微笑を浮かべる。
その笑みは優しそうにも、意地が悪そうにも、どちらにも見えた。
「……ふ、ふざけるな! どこまで私を愚弄する気だっ!? 私はお前を憎んでいるんだ! お前を殺す気なんだぞ! だから、お前も……」
「本気で殺し合えですか?」
「……そうだ……」
「殺せるんですか? 優しい子であるあなたが自分の意志で人を迷わず殺せるとは思えませんけどね」
「……お前だけは……別だっ!」
タナトスは一歩で間合いを詰めると、大鎌を切り上げる。
「確かに殺気は本物ですね」
コクマは最小限の足運びで体をずらし、大鎌をかわした。
「くっ!」
タナトスはすかさず大鎌を切り返す。
しかし、その時にはコクマは回避行動を終えていた。
大鎌は虚しく空を斬る。
「無駄ですよ。私を斬るには、ルーファスさんのように、予測できていても避けられない速度で斬るしかありません」
「…………」
タナトスの大鎌の攻撃は全てコクマの体をすり抜けてしまい、当たることは決してなかった。
本当にすり抜けてるわけではない。
コクマの回避行動があまりに最小限の動きで、そして速すぎるせいで、そう見えるだけだ。
「この前、ルーファスさんと斬り合った時は本当に危なかったですよ。現象の発生より数秒速く感知できるとはいえ、光速の太刀筋を全て見切るのは流石に……分身と入れ替わるのが一瞬遅かったら完全に切り刻まれていましたよ」
「お前にとって驚異になるのはルーファスだけで……私では話にもならないと言うのか!?」
「あなたを軽んじてるわけではないですよ、ただあの方が特別なだけです」
タナトスは休むことなく大鎌を降り続ける。
しかし、大鎌は一度たりともコクマをかすめることすらなかった。
「…………」
どうすればいい?
大鎌の猛攻を止めた瞬間、コクマは間違いなく反撃してくるはずだ。
いや、例えこちらが攻撃を止めなくても、コクマならいくらでも切り返すことができるだろう。
それをあえてしないのは、こちらを完全に軽く見ているからだ。
絶対に自分が殺られることはない。
寧ろ、うっかり殺してしまわないように気を遣わなければならない。
コクマには、殺し合いを、戦いをしている気もないに違いなかった。
大人と子供。
戯れついてくる子供をあしらう程度の感覚なのだろう。
コクマにとっては……自分はいつまでも『子供』に過ぎないのだ。
『力は抑圧するものではなく、制御してこそ価値がある……』
どうすればいいのか攻撃を続けながらも思案していると、この前会った得体の知れない女の言葉が脳裏に浮かぶ。
女が何のことを言っていたのかはタナトスには解っていた。
タナトスもその手段を考えなかったわけではない。
だが、アレは最後の手段……禁断の手段だ。
それが解っていたから今まで使わなかった……だが、もはや……。
「……喜べ魂殺鎌……十年ぶりにお前を自由にしてやる!」
タナトスが何かをしたというわけでもなかった。
ただ、タナトスの言葉と共に全てが一変する。
空気が、大気が、空間が、その『色』を変えた。
どこまでも冷たく、鋭く、そして禍々しく……。
「魂殺鎌……死神の大鎌……その本質は生気を吸い、死気を吐き出す……無限の呼吸……永遠不変の循環……システム……」
呟くコクマの顔から笑みが、余裕が消えていた。
「あああああああああああああああああああああああああああああっ!」
言葉にならないタナトスの叫びと共に、彼女を中心に灰色の風が溢れ出す。
「……」
コクマは水色の剣を自らを守る盾にするかのように前面の地面に突き刺した。
「あああっ!」
タナトスは大鎌を振り下ろし、刃を地面に突き刺す。
刃の突き刺さった場所から灰色の風がコクマに向かって走った。
「っ……」
激しく、そして鋭利な灰色の風は、水色の剣の背に激突する。
大気が弾け飛ぶような音が響いた。
「死を運ぶ風……死気の刃ですか……」
「あああああああああっ!」
タナトスは大鎌を振り回す。
大鎌が一度空を斬るごとに、灰色の風の刃が生まれ、コクマに向かって解き放たれていった。
「くっ!」
コクマは水色の剣を地面から引き抜くと、前面の空間に突き刺すように突きだす。
剣先から吹き出した水色の炎が、飛来する灰色の風の刃達を呑み込んでいった。
「下、地走りの死気の刃……」
コクマが宙に跳ぶ。
次の瞬間、一秒前までコクマが立っていた場所を灰色の風が駆け抜けた。
「上、飛来する死気の刃、数……十二……」
コクマの水色の剣が上空に向かって水色の炎を吐き出す。
水色の炎が、いつのまにか飛来していた灰色の風の刃達を呑み尽くした。
「正面、本体、威力、普段の四倍以上……」
コクマは水色の剣を全力で上段から振り下ろす。
水色の刃に、出現した魂殺鎌の黒い刃が交錯した。
「がああああぁっ!」
獣のような咆哮と共に、タナトスは水色の剣ごとコクマを横に吹き飛ばす。
「くっ……」
コクマは体が壁に激突する直前に空中で回転し、足から壁面に着地した。
「まったく、さ……とっ?」
コクマの姿が消えると同時に、壁面が砕け散る。
一瞬にして間合いを詰めたタナトスが魂殺鎌を壁面に叩きつけたのだ。
タナトスの背後から水色の炎が降りかかる。
タナトスはあっさりと水色の炎を魂殺鎌で切り裂き、消滅させた。
「何だかんだと言いながら、しっかりと制御できているじゃないですか。理性を完全には失わず、あくまで軽い興奮状態……血と破壊への微酔い程度で済ませるとは……」
コクマはタナトスの上空に浮いている。
「があああぁぁっ!」
タナトスは頭上で魂殺鎌を回転させだした。
灰色の風がタナトスを中心に渦を巻いていく。
「死の気流……デスストリームとでも言ったところですか。嵐、発動二秒後、範囲、全域、回避不能……」
渦巻く死気の気流が激しさを増していき、弾けるように死気の嵐に転じた。
水色の剣が水色の炎を吐き出すが、瞬時に嵐の風に呑まれ、掻き消える。
「さて、どうしたも……」
死気の嵐はコクマを呑み込むと、大空洞全域を埋め尽くすように荒れ狂った。



嵐が晴れる。
元から魔法陣以外は最小限の機械しかなかった広い場所だからそれ程被害があったようには見えないが、もしここが街中だったら、街は跡形もなく破壊し尽くされていたに違いなかった。
大空洞の中心、クリスタルの置かれていた魔法陣の中心に大鎌を突き刺したまま、タナトスがうつ伏せに倒れている。
タナトスは意識を失っていながらも、魂殺鎌をしっかりと握たまま決して手放しはしなかった。
空から黒い球体が降下してくる。
球体は地上に着地すると、弾け飛び、中からコクマが姿を現した。
「上出来でしたよ、タナトス。十年前の時に比べれば微々たる威力ですが、魂殺鎌に支配されずに、まがりなりにも制御できたことは大した進歩です」
「……なんだ、この空気は……瘴気? いや、これは……死気か?」
元通りの姿に復元されたザヴェーラが呟く。
「もう、復活したんですか? ああ、なるほど、タナトスの使う死気は、あなたの力の源である瘴気に限りなく近いモノですからね……生気を吸い力とするという意味では、あなたも魂殺鎌も似たようなもの……」
「ふん……」
ザヴェーラの左手に闇色の剣が出現した。
「やれやれ……」
コクマはちらりとザヴェーラに視線を向ける。
直後、ザヴェーラの足元が黒い閃光を放ち、無数の巨大な黒い蛇がザヴェーラ取り囲むように出現した。
「しばらくそれと遊んでいてください」
「貴様っ!」
ザヴェーラは黒い蛇を切り裂いていく。
だが、切り倒した傍から、新しい黒い蛇が際限なく地面から生み出されていった。
コクマはもうザヴェーラには興味がないといった感じで、タナトスの傍に歩み寄っていく。
「私を倒したかったらもっと腕をみがくことですね、タナトス。この程度の力は、魂殺鎌の真の力の十分の一にも満たない……」
コクマの言葉に、気を失っているタナトスは当然何も答えることはなかった。
コクマは水色の剣でタナトスの真上の空間を薙ぐ。
すると、タナトスの懐にしまわれたはずの紫水晶が水色の剣の剣先に貼りついていた。
「では、ルーファスさん達が来る前に引き上げるとしますか……後五秒と言ったところですね」
魔導昇降機に向かって歩き出したコクマは一瞬だけ背後を振り返る。
ザヴェーラがまだ黒い蛇達と戦っていた。
「では、兄上もごきげんよう……もっとも、死体相手に言うには適切な言葉ではないかもしれませんがね」
コクマの姿が魔導昇降機の中に消える。
それと入れ替わるように、空間に門が出現した。

















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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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